福島県下郷町・・・大内宿
山また山の折り重なる南会津に残る、旧会津西街追。
江戸時代、会津藩23万石の城下町・会津若松と旧日光街道の今市を結ぶ重要な道として、参勤交代の大名行列や旅人、江戸への数万俵の廻米、生活物資を輸送するために大きな役割を果たした。
明治17(1884)年、現在の国道121号が開通後は、街道としての役目を終えた。
人々の認憶の中からも、いつしか消える運命にあったが、奇跡的にも街道筋の「大内宿」だけは、遙かなる時を越えて今も江戸時代の宿場の姿を見事な形でとどめている。
大川沿いに走る国道と大内宿は、約6kmほど離れた標高680mの高原にある。